今日も肌寒い一日。土曜日はいつも「食彩の王国」という番組を見てから出勤する、今日も然り。番組のはじめでレストランや職人などの手による特集食材の料理を紹介してから、後半で町の弁当屋さんとかおばあちゃんとかもっと身近な存在による料理を紹介する構成。前半は寝ぼけ眼で観て、後半にさしかかるにつれ目が覚める。いつもの土曜日。今日は「ツナ」の回だった、どこかの町のちいさなおにぎりやさんが出てきた。
 
夏になると夜のお客さんものんびりしている。真冬は、さすがにお客さんもモコモコの服を着て、お店に入ってもそそくさと家路に戻ってしまうけれど。市場で買った大判を値つけ。市場で「イケてる」と思って入札したものが、お店でみるとイマイチに見えたり、市場でイマイチに見えても、お店に持ち帰るとイケてるように見えたりするときがある。自分の目が確かじゃないということでしかないのだけど、今日のは後者だった。そそくさとあらかたをお店に出す。
 
今週は、「ツール・ド・フランス」の映像に見入ってばかりいた。今ならいくらでも眺めていられる。ルールは詳しくしらないのだけれど、映像だけで夢中になれる。人間の精神のもっとも美しい形であることよ、と思う。それから、東浩紀「一般意思2.0」を読み終え(明日思想地図の新しいのを買おう。厚いんだろうなあ)、ブッツァーティの「神を見た犬」、ソンタグ「夢の賜物」、岩波文庫の室生犀星などを拾い読み。もうひとりのスタッフ脇山さんと今度やる「勉強会」(提案してみたけれど一体何をすべきなのだろう)のために、佐々木敦さんの「ニッポンの思想」を読み直し。きっとこの本はひとつの歴史のひとつの見方をつくるときにとても役に立つ。少なくとも、この本を読めば「思想書」と呼ばれるものだとか、ポストモダンだとかそういったものに必要以上の嫌悪感を抱かずに済む。と思う。私はそうだった。
フィッシュマンズとサニーデイサービスをよく聞いた一週間だった。フィッシュマンズもサニーデイも、私の世代の音楽ではなかった。高校生のころに仲良くしてた人たちがみんな8才くらい年上の人たちで、彼らが好きだといって教えてくれた音楽だった。当時は「ふーん」くらいにしか思わなかったし、これまでに夢中になったことはなかったのだけれど、最近やけに聞きたくなる。気づけば、私は当時の彼らの年齢になっていた。ひとり感慨にふける。曽我部さんの歌詞は恥ずかしくて、たまに「え?いまなんて?」とはっとなるけれど。そこがいい。