ファンタスティックMr.FOX レビュー

 ウェス・アンダーソンの新作が公開されている。新作といっても、アメリカでは2009年の11月が封切りで、その数ヶ月後にはDVD版も発売されているわけだから、それなりに待たされたと言っていいだろう。どうしてそんなことが起きてしまうのか。もちろん、この数年、劇場公開される外国映画の数はずいぶん減ってきているというし、映画館で観られるだけでもありがたいと思うべきなのかもしれないけれど、ファンとしての思いを記せば、ずっと観たいと思っていた、ということになる。フランス、イタリア、ブラジル、中国、それ以外の国でももっと早く公開されていたのに、と。 
 ともあれ、ロアルド・ダールの『父さんギツネバンザイ』を原作とするこの映画は、公開される日を心待ちにしていたことが(もちろん、もっと早い時期に観られるに越したことはないけれど)、誤りではなかったということをあらためて確信させてくれる作品であるように思える。 
 
 映画は、原作であるダールの本を映したあとで、淡いオレンジ色の空の下、丘のうえの大木の横に一匹のキツネが立つ場面から始まる。彼は人間と同じような服装をして、二足歩行をしているが、耳は立ち、しっぽも生えている。まもなく、そこにもう一匹のキツネが現れ、ふたりは連れ立って坂を下っていく。遠くまで広がる畑と暮れはじめた空を捉えたスクリーンには、並んで歩く彼らの後ろ姿
が映しだされ、その足もとには無数の花が咲いている。
 ストップモーションという手法が使われている以上、当然ながらそれらはすべて、パペット(人形)やセットに少しずつ手を加えながら撮影されている。ただ、ふと気づくとそうした事実を忘れてしまうくらいキャメラの配置は正確で、どこに誰がいて、いまはどのような動きをしていて、次にどんな動作をするのかといったことを的確に画面におさめつづけている。 
 あるいはそれこそが優れた演出というのかもしれないけれど、フレーム内の設計やカットのつなぎ合わせ方といった過去の映画が試みてきたものを厳密に取捨選択しながら、同時に、みずからの形式も確立することのできるひと握りの監督のもとでは、画面に映しだされるものが、生身の人間であろうと、血の通っていない人形であろうと、大きな違いはないのかもしれない。 
 実際、主人公であるMr.FOXやその妻や息子、そしてまたアナグマやネズミ、農場主といった登場人物たちが、画面の手まえと奥という前後の関係で向かい合って言葉を交わしたり、横に並んで歩いたりする姿を観ていると、それがパペットであることはさほど意味のないことのようにも思えてくる。数少ない例外のひとつは、あえて頻出していると思われるクロースアップで、そのときばかりはスクリーンいっぱいに毛が逆立ったり、埃で汚れたりした動物たちの顔が映しだされて、彼らが人形であることをあらためて意識させられる。 
 
 予告編の宣伝文句にしたがえば、この映画を完成させるまでには、構想に十年、製作に二年を費やしたという。実際、気が遠くなるような細かな作業を必要とするストップモーションの映画では、それだけの時間がかかるのも当然であるのだろう。 
 ただし、これまで、船や列車といった限られた空間のなかで物語を展開させることを得意としてきたこの監督にとっては、ミニチュアのセットにおける小道具から、パペットの服装やひげ一本といった細部にいたるまで、すべてに注意を行き渡らせることのできるストップモーションという手法は、あるいはうってつけのものだったのかもしれないと思ったりもする。自分のなかにあるものを隅々まで再現するためには、生きている役者より、微細な調整のきくパペットのほうが都合がいいに違いないからだ。
 しかし、だからこそ吹き替えをするときには、担当した役者を野外に連れだし、そこで映画と同じ動きをさせながら声を録音するという方法をとったのだと推測することもできる。シナリオやコンテの及ばないもの、自分たちの想像を通り越したものを探すために、そうした作業を取り入れたのだと。 
 ともあれ、精緻でありながら、遊び心に満ちたこの映画のまえでは、中途半端な憶測や予想は不要であるだろう。というのも、この映画の持つ愉しさとは、めまぐるしく変化していくシーンをどれだけ観ることができたか、また、細部にまで配慮が行き届いた、膨大なコマ数の物語にどっぷり浸かったあとで、どんな場面を見過ごして、パペットたちのどんな仕草に気づかなかったかを誰かとおしゃべりすることにあるのだから。 
 


ファンタスティックMr.FOX
監督: ウェス・アンダーソン
出演(声): ジョージ・クルーニー(Mr. Fox)
メリル・ストリープ (Mrs. Fox)
ジェイソン・シュワルツマン(Ash)
ビル・マーレイ(Badger)
M・ウォーレス・ウォロダースキー(Kylie Sven Opossum)
制作年: 2009年
製作国: アメリカ=イギリス
配給:  ショウゲート
上映時間: 87分