マイキー&ニッキーレビュー


 一本の映画を観たことによって、その後の人生が一変してしまった、といった経験はないけれど、劇場を出てからもしばらくは、さっきまで観ていた場面のひとつが頭の片隅に引っかかって離れない、というようなことはしばしばある。たとえば地下鉄に乗るため、ひとり夜の舗道を歩いているあいだや、一緒に映画を観た誰かと近くの店に入ってコーヒーを飲みながらおしゃべりをしているとき、ふと気づくと、つい先ほどまでスクリーンに映しだされていた景色や登場人物のなにげない仕草をぼんやり思い浮かべている。もっとも、そうした頭にこびりついたいくつかの場面も、日々の雑事にかまけているうちにいつのまにか薄れてしまって、何かの拍子でそれを思い出したときには、そうなんだよ、そこがよかったんだよ、と自分の忘れっぽさを棚にあげて、うれしいような、懐かしいような気持ちになる。 
 そんな当然といえば当然のことを思ったのは、日本では『裏切りのメロディ』という邦題のもと、レンタルビデオ版でしかリリースがされていなかったこの映画が、実に35年という月日を経て、劇場公開されるにいたったと知ったからでもある。 
 
 物語はきわめてシンプルな作りをしている。金を騙しとったことから組織に命を狙われているニッキーと、そんな彼の居場所を報告するよう組織に命じられているマイキー。ふたりは幼なじみで、大人になったいまではお互い腹に一物もっているものの、映画の冒頭、ジョン・カサヴェテス演じるニッキーがホテルの部屋から助けを求め、すぐさまピーター・フォーク扮するマイキーがその電話に応じたことからも分かるように、中年と呼べる年齢になっても信頼しあう間柄だということができる。 
 ホテルに駆けつけたマイキーは、猜疑心にとらわれ混乱するニッキーを落ち着かせて、空港に向かうことを提案する。数日も姿をくらませていれば、組織の連中も忘れてしまうだろう、と。それを受け入れるかたちで、というよりは追いつめられた状況に耐えられなくなって、ニッキーはマイキーに付き添われて夜の街に飛びだしていき、それを境に、スクリーンには薄暗い街路をさまよい歩くふたりの姿が繰りかえし映し出されるようになる。バー、繁華街、墓地、住宅街。それぞれの場所でニッキーは感情の赴くままに行動し、それに対してマイキーは、迷ったり、逡巡したりするような素振りをほとんど見せないまま、友人にも、組織にも、忠実であろうとする。 
 その後、彼らは自分たちが少年時代からの友人であることを再確認して、ひとりではなく、ふたりで街を出ることを決意するのだが、ニッキーが情婦の家に立ち寄ったことから、物語はあらたな局面を迎えることになる。ひょんなことをきっかけに、それまでひた隠しにされていたそれぞれの感情が溢れでてしまうのだ。 
 率直にいって、心なぐさむような映画ではない。どことなく不穏で、張りつめた雰囲気さえ感じられる。にもかかわらず、上映中、なぜか落ち着いた気持ちでいられたのは、ジョン・カサヴェテスという魅力的な「俳優」と、私たちのよく知る「刑事コロンボ」とはいささか雰囲気の違ったピーター・フォークの立ち姿を目で追うことが心地よかったばかりでなく、映画における<ふたり>が、的確に、余計なものを排したかたちで画面におさめられていたからでもある。 
たとえばニッキーの提案でコートを取り替えていたふたりが、ある瞬間から、自分の上着を身にまとうようになったとき。あるいは父親の形見だというマイキーの腕時計と、ニッキーが握りしめていた拳銃が、コートと同じように交換されたあとで、不意にその役目を終えてしまったとき。そして映画の始まりと終わりで、ドアを挟んでニッキーとマイキーが対峙するとき。観ているこちらには、その都度、ふたりがどのような距離感にあるのかが告げられ、夜から朝に向かって進んでいった物語がどこに着地するのかをそれとなく予感させてくれる。 
 
 映画を観てから数日後、あるサイトを見ていたら、イレイン・メイが監督であるというこの作品を劇場公開することが長年の夢だった、というような文章を目にする機会があった。そこには、職業意識というよりは、きわめて個人的な愛着のもとに、ずっと気になり、頭の片隅にとどめておいたものを、苦心の末、ようやく実現することができたという経緯が綴られていて、読んでいるこちらまでがその興奮に乗せられそうになった。たとえその発端が個人に拠るものだとしても、現代の東京の映画館でこんな映画を観られることを単純にうれしく思う。


マイキー&ニッキー 
監督:イレイン・メイ 
出演:ピーター・フォーク、ジョン・カサヴェテス、ネッド・ビーティ、ローズ・アリック、キャロル・グレース、スタンフォード・マイズナー、ウィリアム・ヒッキー、M・エメット・ウォルシュ 
 
製作総指揮◎バド・オースティン 製作◎マイケル・ハウスマン 
脚本◎イレイン・メイ 音楽◎ジョン・ストラウス 
 
撮影◎ヴィクター・J・ケンパー 美術◎ポール・シルバート 編集◎ジョン・カーター、シェルドン・カーン 
提供◎スローラーナー、オフィス・シロウズ、IMAGICA TV 配給◎スローラーナー 
1976年/35mm/アメリカ映画/カラー/107分 字幕翻訳◎齋藤敦子 
© 2010 Westchester Films. All Rights Reserved. 
 
3/12 (土)より渋谷ユーロスペースにてロードショー!
イベント詳細等【マイキー&ニッキー公式twitter】
http://twitter.com/#!/mikeyandnicky
でも随時お知らせします。