飯沢耕太郎トークイベント「旅と日常」:前半

ザンジバルの文化 ザンジバルという場所は、スワヒリ語を勉強している人にとっては憧れの場所なんですね。スワヒリ語は16世紀頃に成立したもので、クレオールっていういくつかの言葉が混じり合って出来たものなんです。もともとケニアやタンザニアなどのアフリカ東海岸をスワヒリって言うらしいんですが、その海岸地方に住む人々が使う言葉だった。なぜそんな言葉が出来たかというと、そのあたりは貿易が盛んで商業の中心がいくつか出来たんですね。それがモンバサやザンジバルなんです。そこへ商人が入っていくときに共通の言葉があると便利なんですよね。それで12世紀頃からアラビア語と現地の言葉を合体させたクレオールが発達していって、16世紀頃に完成した。1番最初にそのスワヒリ語の体系が出来上がっていったのがザンジバルだったんです。1番正統なスワヒリ語というべきか、日本語でいうところの標準語っていうのとは少し違うんだけど、ものすごく綺麗なスワヒリ語で、少し古風な言い回しや挨拶だったり、ナイロビで使われる少し崩れたスワヒリ語や教科書で習うスワヒリ語とも少し違って、やっぱり憧れるんですね。それから、ザンジバルはミックス・カルチャーがすごく面白い場所。オマーンの王都だった時代もあったのでアラビア半島の文化、つまりイスラムの文化も入ってきていますし、イギリスやドイツなどのヨーロッパ文化も入ってきている。それから、ザンジバルにはインド人もすごく多いんです。インド人はアジアにおける華僑のようなもので、経済を握っているし、中国人もいる。あと白石顕二さんが書いた『ザンジバルのからゆきさん』っていうすごく面白い本があって、からゆきさんって要するに九州あたりから東南アジアあたりに出かけて女性特有の仕事をする人たちのことなんだけど、それがずっと流れていってアフリカまで行ってるんですよ。戦前はジャパニーズバーみたいなところもザンジバルにはあったらしいですね。色々な民族とカルチャーがミックスされている。アフリカというイメージだとどうしてもブラック・アフリカとか北の方のアラビア・アフリカなどの一般的なイメージがありますが、ザンジバルはそのどことも違うんですよね。非常に面白い場所、色々なものがクロスしている。僕の作るコラージュなんかも、材料になる紙くずにはアフリカ産のビールもあれば中国の懐中電灯があったり、日本のパナソニックなんかもある。道に落ちているゴミを見ててもそれはわかる。  
 
ザンジバルのイスラム文化
ザンジバルは、全体的にはイスラム教の社会でモスクが沢山あるんだけど、モスクと教会が同居してたりする。ザンジバルに住んでいる人達っていうのは混血の人が多くて、一人一人の顔つきはかなり違います。真っ黒な黒人もいれば、アラブ系の人もいる。今は洋服を着ている人も多くなってますけど、女性は目だけ残してあとは黒い布で覆うブイブイという衣装、男性は白くて長いカンズという衣装を着て、コフィアという丸い帽子をかぶっている。去年行ったときは、ラマダーン(断食)の時期で、昼間は食堂がどこもあいてなかった。観光客向けのホテルの中の食堂や、おしゃれなカフェのようなところは開いてたりするけれど、住人が行くような食堂は全部休み。普段は街で色々なものを食べたりするのが結構楽しみで、お好み焼きみたいなザンジバル・ピザやココナッツのジュース、それと小さいカップに注いでくれるアラビア・コーヒーを1杯5円くらいで街角で売っているおじさんから買ったりするんだけど、そういうものが一切ない。観光客とはいえ昼間はおおっぴらに水も飲みにくいし、開いてるカフェなんかもカーテンがかかってて中は見えないようになってたり。でも、ラマダーンというのは昼は食べちゃいけないけど、夜はいくらでも食べてもいいので、18時30分くらいからマーケットの前の屋台でみんな並んで待って、サイレンが鳴るとわーっと押し寄せてすごい量を食べる。我々もその時期は夜を楽しみにしてて、みんないっせいに食べるからつい多めに食べてしまったりするんですけど。後から教会の食堂は開いていると日本人のバックパッカーから教わった。教会はキリスト教なのでラマダーンは関係なかったんですね。教会の食堂にはストーンタウンにいるキリスト教徒の黒人と、ケニアからタンザニアにかけて牛を追って暮らしているマサイ族なんかもよく来てましたね。最近マサイ族もだいぶ俗化してきたみたいで、ザンジバルに出稼ぎに来たりするみたい。マサイ族独特の格好しているのに携帯持ってたりね。だから、そういうマサイ族がやってきて隣で同じもの食べたり、あれは面白かったな。だから、ストーンタウンのイスラム圏の文化も面白いですね、エキゾチックなちょっと違うアフリカの文化の形も味わうことができるし、何より良いのがストーンタウンはアフリカで一番安全かなという気がするところ。夜でも女性は歩けますし、まあ観光客だとちょっと危ないのかな。でも、近くの屋台のコーヒー屋でコーヒーを一杯飲むくらいのことはできる。ぜひチャンスがあったら行ってください、というのは簡単なんですが何せ遠い。多分一番安上がりなのは中東経由の飛行機ですかね、エミレーツ航空かカタール航空。ドーハ経由かドバイ経由ですね。ドーハかドバイまで行ってそこで飛行機を乗り継いでタンザニアの首都のダルエスサラームへ行って、そこから飛行機かフェリーですね。この前僕が行ったときはダルエスサラームで飛行機のチケットを手配したんですけど、ちょっと驚いたのはそれが4人乗りのセスナ機だったんですよね。結構怖いですよ、乗ってみたらかなり揺れる。僕が最初に言ったのは1980年代の前半ぐらいだったんだけど、そのころタンザニアは社会主義体制だったので、ザンジバルも何もなくて、泊まるホテルすらなかなか見つからないってところだったんですけど、その後社会主義体制が終わって貿易が盛んになってくるとだんだん観光地化もしてきて、2000年には世界遺産に指定されたりして良いホテルも沢山出来てる。色々な意味で面白い場所なので、長期滞在したいなと思ってた。それで2008年に思い切って仕事を整理して二ヶ月半くらい行ってみたということですね。

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ザンジバルの歩き方
ザンジバル本島は沖縄よりもちょっと大きいくらいの島ですね。タンザニアの首都ダルエスサラームからフェリーか飛行機で入ることができます。フェリーだと4時間くらい、飛行機だと20分くらい。飛行機や船に乗るとストーンタウンに着くんですね、このストーンタウンっていうのが非常に独特の場所。オマーンの王都だった頃にそこに王宮を築いて、王宮の周辺あたりに街が出来てきて、港があったので貿易も盛んになってきて徐々に出来上がってるんですね。なぜストーンタウンっていうのかというと、4階建てくらいの石造りの建物がびっしり建ち並んでいて街が迷路というか迷宮のようになっている。入ってみると非常に面白いんです。ザンジバルの位置はアフリカの左側にあるマダガスカル島から北にずっといって赤道にいくちょっと手前のあたり。ストーンタウンは三角形をしていて、三角形っていうのが結構また面白い。僕たちの頭の中にある地図というのは、普通東西南北になっている。だから、太陽の位置を見て東に行こうとか南に行こうとかしてると、大体街の輪郭やどんな構造なのかっていうのがわかりやすいんですが、三角形だとそれが狂うんです。最初について1週間くらいは絶対迷いますね、僕は1ヶ月くらい経ってもよくわからなくなることがあった。迷子になることはしょっちゅうあった。ただ、街自体はそんなに大きな街じゃない。全部を一周しても1時間半くらい。だから、わからなくなったらまっすぐ歩けばいいんですよね、街が入り組んでるんでまっすぐ歩くっていうのもなかなか難しいんですけどね。あとは、道が細いので街の周辺の大きな道路以外は自動車も入れない、入れるのは荷車やロバだけですね。

マライカ・ゲストハウス じゃあ、マライカ・ゲストハウスの話もしておこうかな。友人がザンジバルに滞在していた間にあるザンジバル人と知り合って、彼がゲスト・ハウスを作りたいという。島の被害海岸のパジェからジャンビアーニというところにかけて、高級な一泊100ドルクラスのホテルが増えていて、そこは目の前がインド洋でエメラルド・グリーンの遠浅の海岸が見える。引き潮になると沖合まで歩いていけるようなすばらしい天国のような砂浜。確かにそのあたりはバックパッカーが泊まりにくい50ドル~100ドルクラスのホテルばかりだから、こんなところにゲスト・ハウスができたらいいかなという場所。ゲスト・ハウスだとザンジバルで言えば一泊の相場は10~15ドルくらい。そういうゲスト・ハウスをあのパラダイスみたいなジャンビアーニに作れないかという話が持ち上がったので、日本人3人くらいがその話にのって少し出資しようということになった。これがなかなかできあがらないんだな。まずは時間がかかる。なぜか知らないけれど屋根ができるまでやたら時間がかかったり、屋根ができても壁ができないとか床ができないとかで、どんどん材料費もかさむんですよ。僕も滞在中はぎりぎりまで見ていたんだけど、なんとか屋根ができてベッドが入って次は水道・電気もってところで時間切れで、一泊だけしたんですよね。でも今のところはまだ使えるんじゃないかな。去年僕が行ったときは張り切って料理も作ってたし、日本人が3人くらいと韓国人が1人くらい、日本によく来てる外国人も来てたりで、みんな結構喜んでいたのでああやってよかったなとは思った。まあ、出資した分はきっと返ってこないでしょうけど。何に使われたのかはわからないけれど、砂に水をかけるようになくなってしまいました(笑)。もし、ザンジバルへ行くという方がいてジャンビアーニまで足をのばす奇特な方がいたら、ジャンビアーニの村に入って「マライカ マライカ」って連呼してると連れてってくれるでしょう(笑)。僕が描いた看板もあります。木を買ってきて彫刻刀で彫ったなかなかの力作ですよ。  
 
ザンジバルの足、ダラダラ
ジャンビアーニまではダラダラで行くといいと思います。ストーンタウンの市場の前にダラダラ乗り場があるので、そこで「ジャンビアーニ ジャンビアーニ」って連呼してれば多分乗れるでしょう。このダラダラっていうのが、名前の通りなかなか目的地まで着かない乗り物。荷物を沢山積んでいるので、色々なところで荷物を降ろしたり、積んだりもするし、最初は人がいないからゆったりしてるななんて思うんだけど、どんどん人が増えてきて席が詰まってくる。赤ん坊なんかが乗ってると、僕の膝の上に載せられたりなんかして、なかなか良い乗り物ではあるんですよね。ダラダラに乗るたびに思うのは、アフリカ人って偉いなということで、ダラダラに乗るルールっていうのがあるんですよね。例えば子供は座席があいてたら座ってもいいんだけど、大人がきたら子供さっと立って床に座るんです。それから自然に詰める、なるべくたくさん人を乗せてあげようという動きが自然にできる。場所によってはボラれたり、スピードも出すので危なかったりもするんですけど。去年ジャンビアーニに行くためにダラダラに乗ったときも、だんだん人も詰まってきて、だいぶ田舎の方へ行ってジャンビアーニの近くで、2人の男が乗ってきた。一人はでっぷり太っていてなんとなく偉そうな感じ、もう一人はやせていて服装もあまり良いものじゃなくて少し憔悴した感じ。それでその2人を見たときに驚いたのは、痩せた方が手錠をはめてたんですよ。もう一人は刑事なんでしょうね、痩せた方は犯人なんですよ。そういう人が平気で乗ってくる。僕らはなんとなく気になるから見ちゃうんだけど、周りは平気ですね、全然気にしない。途中でふと見たら、その刑事が鍵で手錠を外して、なんかぼーっとしてる。よくわからないけど大丈夫だって思ったんでしょうかね。しばらく行ってその2人が降りたんですよ、降りてもう一回2人を見たら手錠をはめ直してるんですよね。普通手錠外さないですよね、でも外してしまうところにダラダラという乗り物のゆったりした感じ、というよりも島全体のギスギスしていない空気感がよく現れていると思いましたね。現地の方と同じ目の高さで旅をするということはすごく良いことだと思うので、アフリカに行った際にはダラダラにはぜひ乗ってみてほしい。