本「と」本を読む人vol.5

聞き手・構成:チェルシー舞花

本と読む人、五回目の連載です。今回は大学図書館でカタロギングの仕事をしている木目田綾さんにお願いしました。

部屋に入ったとたん、壁一面が本棚。しかも自ら作ったものだという。

写真を百年スタッフに見せた時、取材したのは図書館なのかと一瞬思ったそう。
ここは綾さんの自宅です。

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◯綾さん、いままでのこと

ここに住む綾さんの今までのことを少し順を追って紹介すると…
多摩美の油絵学科を卒業した後、大型テーマパークのオープン前の制作に携わった後に、
新刊書店へ。
そこで出会ったのは、後に西荻窪でお店をオープンFALLの店長の三品さんや、
ティンパニー奏者の萬年さん(※1)など、多種多様な人たち。

萬年さんにいたっては縁あって、今や同じマンションに住む住人となっている。

早稲田大学の和古書の仕事を4年ほど続けた後は、飲食店のリトルスターレストランで働いていた。
リトルスターレストランでは「毎月新聞ごはん」という新聞を発行していて、そこで本を紹介する文章を書いていた事も。

この話はまた後で少し。

その後に図書館司書の資格を取り、今の図書館の仕事についた。

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―― 「まだ色々あるけど…ご飯食べる?」とキッチンに向かい、ご飯の準備を始めた綾さん。厚揚げ豆腐のネギのっけ炒め、豆ごはん、大根の煮付けに蟹の餡かけ、お味噌汁。いただきます!料理の本もたくさんありますね。

『ウー・ウェンの北京小麦粉料理』の本。名著だよね。

―― 手順が事細かに記されていてすごいですよね…!旦那さんの趣味も含めた本作りだったのであの密度になったとウーさんがおしゃっていたのをインタビューで読みました。生徒さんがイラストを書いたという”どうしてもわからなかったおいしさのひみつ”で餃子を作る楽しみを知りました。こっちも読んでみたいです。よく作る本はどれですか?

基本的には野菜中心のごはんが好きだから、よく参考にするのは『山戸家の野菜おかず』と『山戸家の野菜べんとう』。どれを作ってもおいしい。著者の山戸さんは吉祥寺のカレー屋さんで店長をした後、自宅で料理教室をして、今は山梨に移住されてお店を開いているという方。
―― あ、noyama(※1)で活動している方ですか。

そうそう!

―― 渡辺マキさんな週末ストックと毎日ごはんは私も作ってます。

白崎さんの『かんたんお菓子』、これほんと~うに簡単でおいしい。材料もシンプル。

―― …!私も!笑 きなこクッキー作ってます。どれが好きですか?

スコーンをよく作る。
酒粕を使ってチーズ風味をだすクラッカーのレシピも、焼きたては本当にチーズの味で、びっくりしちゃった。

―― あれ、このライフのロシア料理とスカンジナビア料理は高橋よし子さんの紹介しているシリーズですね。
そうだねー
この『タイムライフブックス 世界の料理』シリーズの本は、レシピを参考にするというよりも
「その国・地域に住む人々の、食事を通す事によって見える文化」が垣間見えるようで面白い。
旅をしている感覚。
でも、このシリーズの日本料理の本は「萱葺き屋根の家で、もんぺはいたおばあちゃんが土間の羽釜でごはんを炊いている」
という時代の内容なので、他の国も・・・古き良き時代、という感じなのだろうな。
もう現代ではなかなか出会えない旅ができる、と言えるのかも。

―― 少し綾さんの事を聞いても良いですか?
話は戻り…大学は多摩美の油絵科なんだけれど、入学してから宗教学とか人類学に興味が出てきて、
その方面の本を読み始めて。読んで考えたりしているうちにどんどん頭でっかちになってきて、
絵を描かずに写真をとりたくなったり、現代美術っぽい事をしてみたりしておりました(笑)。
それまではモノを見る時には、感覚だけで、形態とか色がきれいだなあ、
なんか素晴らしいな~と思っていただけなのが「いや、そもそもなんでそう思うんだろうか」って、
初めて考え始めた!という感じ。

でも、考えて意味づけしていくばっかりだと、作品を形作っても、逆に感覚が伴ってこなかった。
出来たものを改めて自分で見た時に、表したかった事がぜ~んぜん感じられないの!

4年生の時、文学ゼミに入って「自分の過去の一日を書いてみる」という課題をやってから、
文章を書くことに興味を持つようになった。

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“印象に残った一日を書く”という課題で、仲が良かった友達と夕飯を一緒に食べた夜を書いた。

実際に起こった出来事を書こうとしたつもりが、なぜその出来事が起きたのかを
掘り下げていくと「一見関係の無い様な事、でも確かにそこに繋がる事」がどんどん言葉になっていって、
書く事って思っていたよりも面白いかもしれない、とその時に初めて感じた。

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文章は書き続けたいと思っています。

その後、人の気配のないところ、に興味があって、書き続けている。

◯読んでる本

―― 『サンリオSF文庫総解説』(発行:本の雑誌社)カバーはがしてある、これ、気になります。

ちょっとはSF読んでたんだけど、ちょっとはSF読んでたんだけど、
この本を読んで「SF読んでいる、なんてまだまだ全然言えないじゃん!!」と思った。

今、図書館で片っ端から借りて読んでいるところ。

―― ん?凄い角折ってある!

読んでみたい本にマークをつけている。つけすぎてて、優先順位わからなくなってるけれど…。
サンリオSF文庫は、いまや図書館か古本屋さんでしか出会えないじゃない。
古本屋さんで見かけても、大抵はビニールに包まれていて中身が確認できないので(しかもちょっとお高い)、
この本を持ち込んで内容を確認して、購入するかどうか悩んだりしています。

話半ばにして、

―― 温かいご飯を食べる内に、まだやってたの!と呆れ顔で入ってきたのは同じマンションの住人、綾さんの相方の佐立努さんが登場。SSWの彼はとても良い歌を紡ぎ出す。なにより二人の空気がとても好きで、憧れのカップルなのである…少し整理すると、綾さんの住んでいるマンションは、一階に二部屋、二階と三階に一部屋づつ知り合い同士が住んでいて、毎週金曜日には、録画していたテレビを集合して、見たりするような関係性で、四世帯がお互いの部屋を行き来しているのだ。

佐立●どんな感じなの

―― はい、なんだかんだずっとしゃべっていました。

綾さん●チェルシーさんと本棚が少し似ているって。萩尾望都とかも読んでいたって。

佐立●あ、そこで似てるの?

―― 他にも色々あります(笑)、あ、アタゴオルは小学生の頃に家にあったのを読んでました。

百年のある吉祥寺にオクワ酒屋ってお店があるね。
そこはアタゴオルの中に出てくる同名のお店から名前を取ったらしい、と料理人の友達から聞いた事があるよ。

―― あ、行ったことあります。ポテサラおいしい。肉じゃがの様な旨味のあるポテサラ。アタゴオルから名前が来ていたとは今知りました。
話が変わりますが、グレングールドの本が多いですね。

そう、すごい好きですごく好きで…バッハの演奏が一番有名。衝撃的。CDもDVDも結構持ってる。

佐立●すごい演奏が上手なんだけど、ある時からぱったり人前で演奏するのをやめた人。

そうそう、コンサートというやり方が耐えられなくなって、スタジオ録音に移行した演奏家。その当時は珍しくて。
録音で何テイクもとって、切り貼りして音を作って、素晴らしい音源を作り出した人。

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 CDかけようか。この棚も作ったんだよ、とさらりとすごいことを言う。としやさんがね。と佐立さん。としやさんはこのマンションに住んでいる住人の名前。なんでもできるので設計の相談をしたんだそうだ。

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 CDプレーヤーの上に乗っているのは高校の美術の先生の作ったオブジェ。角はリトルスターレストランの常連さんからの頂きもの。

佐立●それと、友達が犬しかいなかった。

いやいや、人付き合いが必ずしも良いとは言えなかったのかもしれないけれど、ものすごい電話魔で、電話友達は結構いたみたいよ。夜中でもなんでも、突然かけてきて、何時間も喋るという・・・ちょっとはた迷惑な感じで(笑)。

佐立●DVDの中で、犬に手紙を書いたりしていた。

そんなのあったっけ…

佐立●夏目漱石が好き。

そう、『草枕』が好きなグールド。
私は昔ピアノを習っていて、中学生の頃はバッハの曲を弾く事が多くて。
バッハに少し親しみがわいてきたくらいの時に、グレン・グールドの弾く『ゴールドベルク変奏曲』(55年モノラル版)のCD を購入したの。グールドの事は何も知らずに、ただバッハの曲だと思って手にとって。そうして聴いたら、もう衝撃的で、宇宙を感じるようで、なんじゃこりゃ!!バッハでこんな世界を立ち上げられるのか…って思った。いわゆる「嬉しい」「悲しい」とかの人間的な情とは異なるような感動で泣けたのは、その体験が初めてだったかもしれない。

―― 好きですね…!話の熱量で伝わってきました。

うん!特に日本人にはファンが多いみたい。
グールドはフォトジェニックで、写真集も出ていたりするよ。

―― リトルスターレストランの新聞では何を紹介していたのでしょうか。

『毎月新聞ごはん』は、店長をはじめとするスタッフが、お店で出すお料理について、
お店という場で働く事、日々のあれこれなどを書いている新聞で、
そのコンテンツの中の一つとして本を紹介する欄を2年くらい担当させてもらっていました。
毎回書きたいことが沢山あったので、400字くらいの中にそれをどう収めるかがいつも悩みのタネだったな。

―― 何を紹介したか覚えてますか?

うん。
『龍あらわる : 中華怪有篇』(西村康彦著)とか。
これは中国お得意の「古典の不思議・スゴい話」を紹介している本。中国不思議・スゴい話は、大陸的で乾いたイメージが多いような気がするのだけれど、これは日本人が書いたものだからか、なんとなくしっとりした静けさがある。西村さんは漢籍に精通している方なので、古典文献の引用も沢山あって、中国の書物の歴史の奥深さを感じたりもできる本。

これも書いた。
世界幻想文学大賞受賞の『白い果実』(ジェフリー・フォード著)。
受賞作ならば幸福な読書タイムが約束された様なものよ!と思うほど私は世界幻想文学大賞を信頼しております。
今のところ日本人では唯一、村上春樹さんが『海辺のカフカ』で受賞されていたかと。

―― 種村さんが多いですね。怪人タネラムネラ。
うん、種村さんに丁稚奉公したかった。
書評が面白い。一冊だけを紹介するってことはありえなくて、そこから連鎖的にどんどん広がっていく。魔術的。

そういえば「毎月新聞ごはん」の文章を書き始めたくらいの時期に、夏葉社が一冊目の出版本である『レンブラントの帽子』を発刊されて。吉祥寺に一人で出版社をやっている人がいるらしいよと伝え聞いていたのもあって、出版社の紹介の意味もこめて「毎月新聞ごはん」に文章を書いたの。それをお店の常連さんが夏葉社の島田さんに送ったら、とても丁寧なお返事をくださった。
手書きの、誠実さを感じさせてくれるような、温かい内容の。
そういう方の手がける出版社が存在する事が嬉しい。

ボルヘスの本。『アトラス : 迷宮のボルヘス』。
世界の記憶と共にボルヘスは生きている、と感じられる本。

うーん、自分にとって本の存在は日常すぎて、どういうものかわからない。
でも、素晴らしいと思える文章を読める事が、毎日を乗り切るエネルギーになっているのは確か。
という事は、ごはんと同じようなものなのかな。

佐立さん●綾さんは常に読んでる。止められるようなことがなければずっと読んでる。

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安部公房の貝割れ大根が脛に生える、という話。
みうらじゅんといとうせいこうの見仏記を見て、友だちと中国の旅に出たという話。
綾さんが本の話をひとつひとつ教えてくれている中、世界地図に夢中な佐立さん。
砂漠のオアシスの場所などを見ている。
「フランス人の人が、一番旅行に行くヨーロッパ、第一位はどこ?」
などというクイズを出題して来る。
はずれると、反応もしてくれない。難しいクイズなのです。

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綾さんも負けじと問題返し。
「世界で一番大きな湖は?」
答えは最後に。

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「ドイツの人が一番旅行に行くのが好きなヨーロッパは?」
その世界地図は何年も前のものなので、その情報はどうなのかなというままクイズは続きます。

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二人がつきあう前に、文通をしていたころ、
綾さんが佐立さんにおすすめの本をいくつも紹介していました。
もはやそれがなにか覚えていなという綾さんですが、佐立さんは本棚を眺めながら、
ひとつひとつのタイトルをあげて行きます。

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これ読んだことある?
『アドルフ・ディートリッヒとの徒歩旅行』(ベアト・ブレヒビュール著)
過去に実在したアドルフ・ディートリッヒという画家との架空の徒歩旅行の話。
画家が自分の住む世界をどのように眺めて心に落とし込み、そして絵になったか。
この本は本当に好きで、色んな人に押し付けてまわってしまった。

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この人は詩人なんだけど、めずらしく物語を作った本。
”アドルフ・ディートリッヒとの徒歩旅行 ベアト・ブレヒビュール著”
実在の絵を書く人との架空の徒歩旅行の本。

絵をみて、画家の人の目線を想像しながら一緒に対話しながら歩いて回る。

この本は本当に好きで買って色んな人にあげた。

佐立●すごいよかったその本。

コールサック社から出版されている本。
勤めている図書館にコールサック社の本が入って来たとき、本の間に挟まった広告で、詩集中心に発行している出版社だとわかって。小説のこれは、ちょっと異例の本だったみたい。著者は詩人なのだけれど。
おすすめ。

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インタビューは4時間にも5時間にもおよび、他にもたくさん話をきけたのだけれど、
ここらへんでお暇させてもらおうと思う。
以前働いていた書店では、お客さんのおじいちゃんおばあちゃんと仲良くなり、
おじいちゃんが、陶芸教室で焼いたという花瓶をくれたりしたという。
それもなんだか頷ける。綾さんのやさしい笑顔と物腰とがとても人を安心させるのだと思う。
あたたかいあの家に、これからも足しげく遊びに行ってしまうと思う。
次はきっとうウー・ウェンの北京小麦粉料理を見ながらの餃子の会になりそう。

※1萬年さん:スチールパン奏者。mangneng「small valley」(2013)
※2三品さん:西荻窪FALLhttp://fall-gallery.com/

※3木工アーティストのしみずまゆこ、編集者の髙橋紡、写真家の野川かさね、料理研究家の山戸ユカの女性四人からなるユニット・noyama(のやま)

世界で一番大きな湖の答えは、
「カスピ海」名前に”海”が入っているため、難しかったですね。

文・写真 チェルシー舞花
ブログ
http://chelsea.jugem.ne.jp/

エトレンヌ
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