高橋マナミさんインタビュー

ホンマタカシさんのアシスタントになる

―― 卒業後の進路は、紹介があったんですか?

高橋●1年生の終わりくらいからホームルームが就活対策みたいなものになって。履歴書の書き方とか。でも、そういうのはもういいなぁ・・・と。大学のときに就活しましたから、就活で進路を探るのは今回はもう違うなと。写真の何かに就職、とかではない。かと言って、具体的にどうしていいのかわからなかったんですね。

―― お金も稼がなきゃいけないしね。

高橋●写真で食べていきたいというのは絶対だったんですが、でも、就活をせずに行く道がどういう道があるんだろうって、当時よくわからなくて。だから周りの子たちが就活を始めている中、私は何もできずにいて。夢もそうでしたけど、本当にね、いろいろ気づくのが遅いんですよ(笑)。2年生の6月くらいまで、う〜ん・・・とモジモジモヤモヤしていたんです。そんなときに、ホンマタカシさんがちょうど女性アシスタントを募集していることを知りまして。写真を始める前から、なぜか雑誌を見ると撮影している写真家の名前を見る癖があって、『Olive』などでホンマさんの名前は強烈に覚えていました。

―― ある程度アシスタントになるというのは考えていたんですか?

高橋●実は、「ホンマさんのアシスタントってどうやったらなれるんだろう・・・?」と考えたりもしていたんですが、でも、そう思ったまま行動の仕方もわからずに立ち止まっていました。そんなときにちょうど募集情報を知ることとなり。ただ、そこには「英語ができる実家暮らしの25歳以下の女子」って書いてあって、自分は英語ができないうえに写真を始めたのがすでに26歳でしたし・・・。あてはまっているのは実家暮らしだけっていう(笑)。それでモジモジためらっていたりもしたのですが、その後応募しまして、ご縁あってアシスタントをすることになりました。

―― 3年とちょっとアシスタントをして、独立後はどんな動きを?

高橋●まず営業に行けるだけの写真をためなくてはと思って。ポートレイトの仕事をしたいというのは変わらず強く思っていましたので、まず、さきほど言いましたように、制服の「later and ago」を撮り足して写真新世紀に応募し、そのあとは、スポーツに関わる撮影に取り組みました。昔から、生き甲斐と言っていいほどスポーツ観戦が好きでして、何かスポーツに関わる仕事ができたらいいなというのは高校時代からあったんですけど、当時私にあてはまりそうな選択肢に行き着かず、夢としては忘れていたんですね。でも、写真を始めたおかげで、仕事としてスポーツに関われる道も目標に置くことができました。

―― それでどんな撮影を?

高橋●大学時代に野球部のマネージャーをしていたので、現役の後輩たちを撮りに行くことにしました。もう卒業してかなり経っていて、現役の子たちとは面識もなかったんですけど、マネージャーの子に連絡をして、撮影したいとお願いしました。夏から秋にかけての1シーズン、毎日のように通って、合宿も一緒に行ったりとかして。それでまとめた作品や「later and ago」をブックに入れて、ようやく営業活動を開始しました。その後すぐに『Number』でドラフト直前の大学野球選手を撮る仕事をいただけたのは嬉しかったです。

野球

TRILL

―― 昨年発売した写真集『TRILL』に繋がる相鐵の仕事はどのようなきっかけだったんですか?

高橋●相鐵は鉄やステンレスを切断したり曲げたりする鋼材加工の会社で、社長が私の中学からの友人の大学時代の先輩でした。もう7年くらい前になると思いますが、その友人を介して知り合いまして、その後しばらく経ってから、新卒の社員が久しぶりに入るから、入社式と全員の集合写真を撮りに来てほしいと連絡がきて。それがまだアシスタントをしていたときだったんですけど、仕事に使えるレベルのデジタルカメラもまだ持っていなくて、三脚もないし、みたいなひどい状況で行ったんですよ。だから、最初に納品した写真を今見ると、よくこれでまた頼もうと思ってくれたなっていうひどい感じなんですけど・・・。それで翌年は震災があって1年空いて、また新卒の子が入るから来てほしいと連絡が来て行ったんです。その翌年も同じように3月に行ったら「来年が創業50周年なので、いろいろ記念的なことをやろうと思っている」と言われて。ちなみに、前出の私の友人というのは今コピーライターをしていて、相鐵の社長は広告代理店出身。そのコピーライターの友人、社長の広告代理店時代の後輩が招集され、私と社長を含む4人でプロジェクトが始まった、というのが2013年4月でした。

―― どんなプロジェクトだったんですか?

高橋●相鐵は茨城県日立市の会社なんですが、茨城新聞に30段広告を出稿したり、50周年式典を告知するポスターをつくったり、会社案内とは別に50周年を記念したパンフレットをつくったり、あとは社の各部門を紹介するムービーをつくりました。※1

それらの写真とムービーの撮影をやらせてもらい、式典を開催した2014年7月まで、頻繁に何度も通いました。写真集は、記念の式典をやるにあたって招待客への引き出物の一つとして写真集をつくりたいと社長が言って、そう聞くと、50年の年表が入ったりとかそういう社史的な要素のあるものを想像しますよね。でも、「そうじゃなくて、たまたまうちが舞台だったくらいの、一般の本屋さんでも売れるような、高橋さんの写真集としてつくってください」という、大変ありがたいことを言っていただいて。そこから、写真集に関しては、50年がどうとかまったく頭から外して、自分が作品として取り組みたいことに集中しました。

―― どういう取り組みだったんですか?

trill

高橋●工場では、鋼材を切断するために、高温の炎や鋭い刃を扱って、職人さんたちが危険と隣り合わせで作業をしています。いつもそのまま目にしている日常の作業風景がある一方で、陽の光の中でキラキラしている鉄くずや、切断面から降り注ぐ金色の火花など、写真だから見える一瞬の輝きがあります。カメラだけが気づく幻想的な輝きは、肉眼で意識されないだけで、目の前に広がっている風景と常に隣り合って存在しています。いや、隣り合っているどころか、両方を同時に意識しないだけで、常に一緒に存在しています。写真集では、そのふたつの景色を行き来して、見ている人の感覚を揺さぶりたいなという思いで構成をしました。

―― 制作の過程で何か印象的なエピソードなどあれば教えてください。

高橋●ポートレイトのあるページ群は肉眼でとらえる日常のカテゴリーですが、そこからカメラだからとらえられる非日常的ページ群に入る手前に、暗いところで撮った工場長のポートレイトがあります。日常で明るい中を漂っていたところから、暗いところに光が輝く非日常の写真群に入っていく布石のページとして、とても重要と思っていて。だけど、本印刷前の見本を社長に見せたところ、「たぶん工場長、いやがるんじゃないか」と言われ、このポートレイトがないとどうしても写真集が成り立たないと思っていたので、「じゃあ私が直談判させてください」と、その見本を携えて工場長に会いに行きました。まず、「社員さんの何人かのポートレイトを使っていて、工場長のポートレイトも入れたいと思っている」と言葉での説明をしたら、「俺の写真なんて入れるな」と門前払いくらいな感じで。泣きそうでしたけど、写真集のコンセプトをしっかりお話しして、見本を見せたら、すごく全体を気に入ってくれて、「好きなように使え」と言ってくれて。工場長がそう言ってくれたのはすごく嬉しかったし、本印刷に向けて力が入りました。

―― 『TRILL』というタイトルはどうやって決まったんですか?

高橋●タイトルが決まったのは本当にぎりぎりで。装丁をしてくれたデザイナーの鎌田さんと案を出し合ったりしていたんですけど、どうしても「鉄」っていうことから離れられなくて、直接的すぎる案ばかりが出ていました。写っているものはもちろん「鉄」に関わることなんだけれど、写真集のコンセプトとして「鉄」そのものが一番の主題としてあるわけではないので、直接的な「鉄」のタイトルじゃダメだなと、うんうん唸っていたんです。そんなとき、ちょうどクラシック音楽を聴いていて「トリル」という語がパッと飛び込んできまして。いい響きだなって思って意味など調べたら、ばっちり合ったんですよね。隣り合う二つの音を素早く行き来して主音を装飾するみたいなことだったから。まさに隣り合う、というか同居する日常と非日常を行き来してお互いがお互いを装飾するっていう写真集ですから。音楽を意識してつくったわけではないですが、工場内にはいろんな音が存在していて、それがリズムのようでもある。撮影した現場は実際すごく音がしているんだけれど、写真集では、音があるのは確かなんだけれど、でも音が聞こえてこない、無音のまま高揚していくような、そういうものを目指して構成しました。

―― 同じく相鐵で撮影したzine『around Fe』はどういった経緯でつくられたんですか?

高橋●あれは、もともとは『TRILL』に入れる候補写真のひとつだったんですけど、でもどうしてもあの写真集の構成には入ってこない写真たちでした。コンセプトが別の流れの写真で、こちらはまさに「鉄」そのものに関することです。これはこれでまとめたくてzineをつくり、『TRILL』のタイトルを考えているときに離れられなくて困っていた直接的な「鉄」のひとつ、鉄の元素記号「Fe」でタイトルを決めました。タイトルそのまましっくりくる内容だと思います。

―― かっこいいですね。『TRILL』とはまた違って。

高橋●ありがとうございます。

―― 他のzine『tatin』は?実家の記録みたいな感じ?

高橋●それに近いところもありますね。吉祥寺にあった人気のお菓子屋さん『tatin』※2

の建物が老朽化で取り壊しになるということで、「tatin」はすでに閉店していました。閉店後もしばらくはアトリエとして使っていたのですが、いよいよ立ち退きが迫り、そんなある日の出来事を静かに追った作品です。どこかで作品として発表するためというより、記録として撮りに行きました。でも、撮ったあと、まとめたいなと思って。「tatin」の渡部さんに、zineをつくっていいですかって聞いたら喜んでくれて。それでつくりました。

―― 撮影はどのように進められたんですか?

高橋●あの撮影の日、渡部さんと話すのが実はほぼ初めてで、しかも空間には私たち二人しかいなくて。会話をしながらではあったけど、静かに、流れるような一日だった。渡部さんが、本当にすーっと作業をしていくんです。焼き上がったクッキーを袋に詰め、他のクッキーの生地を仕込んで寝かし、チーズケーキの生地をオーブンに入れて焼き上がりを待つ間にさっき袋詰めしたクッキーに値札をつけてっていう。全部ひとりでやっているんだけど、全然バタバタした感じがなく、本当に流れるように静かに作業が進んでいった。だったら、写真の上でも、ただ静かに追っていくのがいいだろうなと思って。

―― もうひとつのzine『medicine』はどうでしょう?

高橋●写真で絵を描けないだろうか、と。撮影場所は病院なんですが、病院というと病気をして少し弱った気持ちで行くところだからか、灰色なイメージを勝手に持っていたんです。でも、よくよく見てみると、ミスを防ぐためなのか、あらゆるものが色分けされていて、むしろカラフルでした。本当にいろんな色があふれていて、なんだこれはと思って。ここにある色を使って写真で絵を描いてみようと取り組みました。もともとは、絵だけの作品というより、医療現場で働く女性のポートレイトにつける挿絵をつくりたいと思って取り組んでいて、それはまだ完結できていなくて、制作途中です。

zine

写真をはじめてから写真のことを考えない日はない

―― これからどんなものをつくっていきたいですか。

高橋●ポートレイトで仕事をしたいとさんざん言ってきましたが、もちろんそれ以外の撮影も多く、だからと言ってそれらをやりたくないってことはまったくなくて、むしろいろんな出会いや見聞をもらっています。いろいろ気づくのが遅いって言いましたけど、もう年齢的には30代後半に突入していますが、まだまだ全然知らないことだらけ。恥ずかしく負い目に感じることもありますが、それが事実。だから、今からでもたくさんいろんなことを知りたいです。写真のことに限らず、私にできることがなんなのか、わからなくて立ち止まりそうになることもありますが、たくさん見て聞いて知って、考えていきたい。まだそんな段階です。今やりたくないことは一個もないし、貪欲にやっていきたいです。ただ、いろいろと言いはしても、人を撮りたいっていう強い気持ちは消えていないです。
とにかく写真でごはん食べていくっていうことは大前提なので、まず技術をもっと身につけて仕事をしっかりやっていくことが今の私の先決事項ではありますが、作品も並行してつくり続けたいと思っています。いつでもノートに頭の中のことやネタを書き出したり、写真を始めてから写真のことを考えない日はないです。休みの日と言っても、全部写真にひもづけて考えてしまう。でもそれがなかなか形にできなかったり、悩むことも多いですが、「夢ってどうやったら見つかるんだろう」ということが悩みだった頃の私からしたら、幸せなことです。30代後半なのにまだ駆け出し、いま同年代は中堅バリバリで、そういう意味では早く一人前にならないといけないっていう焦りはあるんですけど、やるしかないです。

―― これからの仕事も楽しみですね。

高橋●雑誌等での取材撮影は、相手が有名無名問わず、いつも新たな発見や出会いが詰まっているし、広告で物語をつくりあげていくのもすごくおもしろい。頑張ります!

※1 「社の各部門を紹介するムービー」
相鐵の50周年サイトで公開されている。http://www.soutetsu.jp/50/

※2 「吉祥寺にあった人気のお菓子屋さん『tatin』」
現在は通販等で購入できる。http://tatinweb.com/tatin/home.html

(2015年2月 吉祥寺にて)

高橋マナミ(たかはし・まなみ)

写真家。1978年、東京生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。4年間の会社員生活を経て、東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。ホンマタカシ氏に3年間師事し、2011年よりフリーランスとして活動開始。2011年、第34回キヤノン写真新世紀佳作受賞。現在、東京を拠点に雑誌・広告などの分野で活動中。
http://www.trill-book.com/