本「と」本を読む人vol.1

01

小学生の頃、それはもう夢中になった本があった。

“はてしない物語”というミヒャエルエンデの描くファンタジー。

雨の日、かけこんだ古本屋でみつけたあかがね色の本を、寝食忘れ読み進めるうちに本の中の物語の一部として登場し始めてしまった、バスチアンという少年の物語である。

小学生の私はあかがね色の赤の装幀のずっしり重い本を手に汗握って読んでいた。

すると、夢中になって本を読んでいた主人公のバスチアンがあかがね色の本の中に吸い込まれていく。

なんてことだ、これは自分に起こってもおかしくないのではと昔の私は思い込み、本に余計にはまりこんだきっかけでもある。

今でも時たま感じる、本にすいこまれていくような感覚。
読んでいく内に現実との境界線が曖昧になっていくあの感覚を求めて本を開く。
人はどうなんだろう。

少し長くなってしまった。

百年の店長、樽本さんと話していて、
本に夢中になるその風景のある暮らしを売っているのだと、
言っていて、良いなあ、としみじみ思った。

その話の中であげていた、アンドレケルテスの写真集、ON READINGは
街中で、屋上で、古本屋の店先で、
読むことにこころ奪われた人々のいる風景を収めたもの。

百年と一緒に今のON READINGはどうなっているのだろうと
その風景をのぞかせてもらおうという、新連載のスタートです。

一回目は、この人にお願いした。
細川ひろし。いつも本を読んでいる。
歩く字引のような人だ。
美術論のスイッチが入ると、もう止まらないとまらない。

02

東京芸術大学院ではメディアアートを専攻。
卒業後はタブレット端末のソフトウェアの開発と共に、
新作の写真集を制作中だ。

読む人でもあるけれど、本を贈る人でもある。
友人の誕生日ごとに本を贈り、
彼らしいセレクトだといつも納得する。

一人には、ウィリアムブレイクの詩集。

私はスイスのボーリング場を撮り続けた
Gut Hols ーKegelbahnen in der Schweizという写真集をもらった。

「Kegeln」と小さめのレーンを使って行うヨーロッパ式のボーリング。
定点観測のように同じアングルで無人で撮り続けた写真集。

○本棚のルール

04

本棚のある寝室は、
背丈よりもほんのちょっと余裕があるだけの屋根裏部屋のようなところにある。
出入りする時は、かがまないと思いっきり頭をぶつける事になる。

壁に立てかけられたマットレスと、大きな机と椅子がひとつ。
洋服はクローゼットに、本は引き戸の中に収納されているため、
それ以外に目立ったものは部屋に何一つない。

机の上にあるものもすべて等間隔に隙間がもうけられ、
一目してなにがどこにあるのが並べられている。
とても、整理整頓されていてものが、少ない。
本人はあまり物を買わないからなあ、と頭をかいている。

きっちりしているけれど、少し、へんてこなところが部屋と本人とそっくりだ。

引き戸を開けると、
整然と並べられた本の列が上下に二段。
右からジャンル別、時代別にくくり、一番左が、新着図書だそうだ。

05

人感センサーのとりつけられた本棚に驚く。

04+

○本棚から3冊、ピックアップしてもらった

1THOMAS DEMAND “National galerie”

2GABRIEL ORONZCO “Photographs”

3BARBARA MORGAN “SIXTEEN DANCES IN PHOTOGRAPHS”

06

セッティングでコントロールされた写真が好きだと言う。

03

―― 本を読む場所は?

家でと通勤の電車の中で。

通勤の丸ノ内線の中で。
座れる間の20分くらい。

あと、家ではだいたいいつも同じ姿勢で読んでいる。
家族と暮らすリビングのソファで、クッションをいつもどおりの場所に
セッティングして、最後はだいたいねっころがってる。

―― 以前、小説は読まないと言っていたけれど、本を読むのはどんな時?

文章を書く時に読むことが多い。
作品を作る時はテーマに近いもの。
風景や生活風景と考えると、建築だったり…
写真論からでてきた写真家の名前や身体論で
気になったひとの名前でまた次を決めて行ったり。

物語や小説は読む事はなくて、
ジャンルで言うと、哲学書、写真論、写真集、建築、視覚論が多くて、
たとえば、視覚論と都市計画の話。

ジョナサンクレーリーの「知覚の宙づり」という本は、
パリの都市計画の話で、街の窓が一同に道路に向けてつくられているのは、凱旋で帰ってきったときに、人々の視線が集中するように作られているのだとか、
文化的な計画に根付いていた視線の操作の話を読んでいたりする。

○百年 と 読む人 本棚のルート

07

じっくりと店内を巡った後「あ、好きな棚を見つけた。」とつぶやいた。

道順は以下の通り。

08

フランスの哲学者、モーリス=メルロ・ポンティの眼と精神を購入。

ジッと推考して話をするのと、
整然とした部屋と、
失恋のさなか、往復四時間の通勤で本を読んでいたが
何ヶ月も頭にはいってくることはなく、
同じ本を読み続けたという。
その話が印象的だった。

本をひとつの建物だとして、その中にはいろんな部屋がある、と思う。

読む人は、
そこのドアを自由に行き来して
本の世界にのめり込んでいる。

物語の、知識の、その中には自分の思考の中というドアもあるみたいだ。

文・写真 チェルシー舞花
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